闇の花






闇の花


1.


「失せ物を探して欲しい。」



そう言って訪れた者は、声からしてまだ歳若い男だった。珍しい時間の客だと興味を覚えて御簾越しに姿を見ると武人であった。雰囲気から恐らく官位もさほど高くはあるまい、と貴人に会うことなど珍しくもない亞鎖@(あざり)は思った。


「この吾(われ)に失せ物を、と・・・?」


当代随一と謳われる占者にただの失せ物探しを望む者など久しく会っていない。否、普通の客さえも訪れるものは少なく、ほとんどの客は呼び付ける事を好んだ。特に、先代の帝が崩御し、今上帝により占呪が禁じられてからは。他の客たちも訪れるのは夜の闇に紛れて、大概が貧相な形(なり)に身を包んでいた。
ましてや、このように陽が天の真上にあるような時間に正装で訪れる者など皆無であった。帝が禁じているのだ、叛意(はんい)を持っていると咎められても反論の余地はない。


「そうだ」


恐らく、興味本位での、からかいのつもりで来たのであろうと尋ねたにも拘らず、その若者はこちらを見据(みす)えてはっきりとそう答えた。


「亞鎖@殿、おそらく貴殿(あなた)を措いて探しだせる者は他にはいまい。」


吾が名を呼ぶとは。


亞鎖@は正直、驚いていた。占者に限らず、呪者(ずさ)にとって名は非常に重要な意味を持つ。その名を呼ぶことは即ち完全ではないにしろ契約を結ぶ事を意味する。この国の者であれば幼子でさえ知っていることだ。


では、吾が何者かも存した上でこの者はやってきたのだ。そして、その事が法に触れる事も、帝の怒りに触れるであろう事も分った上で。


亞鎖@は己が僅かに昂揚しているのを感じていた。
若いながらもその堂々とした様、しっかとこちらを見据えるその度量、そして静かな声音。長年、絶大な権力を握りながらもその実、中身の薄い執政者ばかりを相手にしてきた中で久々に出会う逸材だった。


              

2.


 最早、最期の頼みと、藁にもすがる気持ちだった。これで駄目ならば、諦めよう。そのつもりでいた。どちらにせよ、ここに入れば後は無いのだから。


そうして、豾迓(ひむか)は当代随一と謳われる占者の、けして大きいとはいえない屋敷の門戸を叩いた。


家人が通した部屋の中は薄暗く、微かに香の匂いが漂っていた。
香の馨はよく知っているつもりでいたのだが、それは初めて嗅ぐものだった。恐らくは西国あたりの異郷の物であろう。珍しい馨だが、仕事柄必要な物なのかもしれない。


そうやって、部屋の内部を見回しているうちに御簾越しに人の動く気配が感じられた。


御簾の向こうはこちらよりも尚暗く、おそらくは占者その人であろうが、人のいる気配はするものの男か女かさえも分らない。だが、それは元より承知の事。占者・亞鎖@はたとえ依頼主が時の元首であろうともその姿を見せぬ事で有名だった。噂では用件はすべて家人に任せ、自ら語ることも少ないという。
それでも、家人を通してであろうが少なくとも用件を尋ねられるだろうと、豾迓は静かに待った。
尤も、その答えは彼の予想を裏切るものではあったが。


「何用か?」


やがて聞こえてきた声は男とも女ともつかぬが、聞くものを魅了させずには置かない類稀なる美声。
それが、名高い占者・亞鎖@その人の声だった。



「・・・そなたは唖(おし)か・・・?如何な用があって吾が元へ来たのかと、聞いている。吾は間怠(まだる)っこい輩(やから)は好かぬ。疾くと願いを申すが良い。事によっては叶えてやろう」


暫しの沈黙の後、再度問うてきた亞鎖@の声に、彼は呪縛をとかれた。
豾迓は予想外の出来事に驚きを隠せないでいたが、気を取り直すと御簾の向こう側にいるであろう亞鎖@を見つめると、言った。


失せ物を探して欲しい、と。
その為に、命の危険を冒してまでここへ来たのだ。


首(こうべ)を垂れながら此処に至までの経緯を豾迓は思い返していた。




3.


 それは何時の時代もそこにあった。
長い、永い間。人、一人の寿命からすれば気が遠くなるような遠い過去から。
 古くみすぼらしい木の箱に入れられ、金銀に装飾された美しい沢山の宝物に埋(うず)もれながら。金や銀、琉璃、珊瑚に真珠。鮮やかに彩られたそれらの陰に隠れて長い年月その存在を忘れ去られていた。
 それは、銀の宝玉。闇の中で尚輝ける至上の一対。
 だが、それは力を失いつつあった。長らく対となるべきもう一つの玉が失われていたが故に。
 暗く、静かな墓所の中で、それは覚醒(めざめ)の時を待っていた。



 
4.





4に続きます。
一応これは東洋系ファンタジー(のつもり)です。
何時まで続くか、無事完結するかも分りませんが、気長にお付き合いください。


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