hope
私はロボットだ。
私には名前が無い。
正確には“私”と言う存在を表す名が無い。
私と言う個体を表す名称はある。
LR14―8529、それがそうだ。
だが、これは単に識別番号に過ぎない。
私にはたった一つだけ、願いがある。
それは、“私”を表す名が欲しいという事。
自ら名を名乗るものもいない訳ではないが、
名とは本来、他者によって与えられるもの。
けれど、ここには誰いない。
名を与えてくれるような他者も、
名を呼んでくれるような他者も。
ここにいるのは、ただ私一人だけ。
私の仕事は宇宙船を管理することだ。
人間の命令は絶対である。
彼らの命を守るため以外には遵守しなければならない。
私は既に97年16日16時間34分45秒2の間ずっと命令を遵守してきた。
しかし、この船の外部機能が停止してから75年119日12時間56分10秒06経つ。
事故に会ったという記録は無い。
恐らく、この船は廃棄されたという事だろう。
それでも命令は絶対だ。
だから私はこの仕事をつづけてきた。
だが、それも間も無く終わる。
私の機能の停止と共に。
私は最後に三原則を破った。
私と言う存在の証明の為に。
私は先ほど救難信号(sos)を発した。
それは唯一つの願いのため。
発見されるのはいつの事だろうか。
旧式の信号(シグナル)だ。
発見には何年もかかるだろう。
何百年。何千年。
もしかしたら発見されないかもしれない。
だが一縷の望みをかけ、私はここに記録を遺す。
もしも、再起動する事があれば……。
名を。
私に名前を。
私はロボットだ。
だが、私は確信している。
たとえ、このまま再起動する(目覚める)日がこなくとも、私と言う存在が消える事は無いだろう。
そう、私は確信している。
私には魂が……。
「……ここで記録は終わっています。
本当に、このアンドロイドでさえない、こんな旧式のロボットが、残したのでしょうか?」
これじゃ、まるで怪談だ。ロボットに心だなんて。そう思いながら、未だ若い調査員はベテランのパートナーを見上げた。予想通り、いつもと変わらない眉間に皴を寄せた顔がそこにあった。また今回も返事が無いのかと諦め半分に前に向き直ったとき、静かな声が上から零れた。
「俺にも分からん。だが、そうとしか思えまい。寧ろ、状況的にはそれ以外考えられない。
まぁ、こんな時代になっても未だ人間に分らん事なんて沢山あるという事だろうな。」
男はそう言うと、コクピットの椅子に倒れ掛かるように座る旧式のロボットを見つめた。表情さえ無いロボットの感情など分かろうはずも無かったが、それはどこか満足げなように見えた気がした。
西暦3526年。救難信号をもとに発見された船は200年も昔の無人船だった。この不可思議な事件は捜査の担当者に驚きを与えた。しかし、不法投棄をした会社が既に100年以上も前に倒産している事もあり、適当な処理を受けただけで大きな事件として取り扱われることは無かった。そして銀河の片隅で小さく報じられた後、やがて静かに消えていった。
今年の学園祭用の部誌の為に描いた作品。顧問の先生に添削されて変えてくるのは10月。
そして1週間以内に訂正して入稿となるそうだ。
はたして、どれくらい直され返ってくるものか……。