1.夢の男
つまらん話だよ?
聞いたところで何にもなりゃしない。
それでも良い?聞きたいって?
つまらん話なんだがね・・・
ここに一人の男がいる。
この男、馬鹿ではないが、賢い訳でもない普通の男だ。
別にこれと言って良い面構えでもないが、身体は丈夫でよく働く。一人身なもんだから、次第に生活は潤った。
ある時この男、夢を見た。
それがとっても可笑しな夢だ。
それはよく語られるような、この男の人生をそっくり変えてしまうような夢ではなかったが、それなりには得る所もある夢だった。
まぁ、愚直な男であったから、それはそれとして堅実に生活をして、まあまあマシな人生をそこそこ幸せに生きて、そして死んだ。
たいして学があった男じゃなかった。なにぶん昔の事だ、読み書きがそこそこ出来るだけだった。そんな男が一っつだけ、書き置いていたモンがあった。
それが、例の夢よ。
その夢はおよそ一晩で見たとは思えんほどの長さで、それはそれは語り尽せぬほどに面白い話だったという。今では断片さえも残っちゃいないがな。
次代の常で親よりはちぃーっとばかし良い勉強させてもらってた息子たちはそれにハマった。
なあんで親父はこれを世に出さなかったのか、不思議でしょうがなかった。
けども、読み進んでくうちに段々空恐ろしくなってった。
終わらないんだ、その話は。
いつまでたっても終わらない。
そして、何となく気付き始めた。
父親がその夢を誰にも話さなかった訳を、その夢の正体に。
そうすると、息子たちはその夢をもとあったようにしまい込むと、父親と同じように堅実に生きて死んだ。
別な話では朝日に溶けて消えたとも言われているがね。
それで、終わりだ。落ちも何にもない、それがこの話の全貌さ。
その夢の正体ってのは何だって・・・?
それは世界そのものだと言われている。
男が夢を見たんじゃなくて夢の中の男が世界を夢に見たのさ。
だから、夢を封じて堅実に生きた。
この人生が譬え誰かの見てる夢でも、その中に生きてる自分にとっちゃ大事な人生だったって事だよ。夢の主の目覚めによって朝日とともに消える運命だとしても、どう生きたかが重要だって事を自分で知っていたのさ。その男はね。
ただ、それだけの話さ。