彼らは橋守。
月へと昇る橋を護る。
1つの塔に1人ずつ。
雲を掃い、橋を行く魂を導く。
橋を辿る幽冥の旅路へと・・・。
高い、高い空の上。雲さえも見下ろす高みに彼女はいた。
たった一人で、ようやく一人立てるかどうかと言う塔の天辺に。
風に棚引く短く揃えたその髪は、夕焼けのような銅(あか)。
遥か彼方を見上げる瞳は、全てを呑み込む深い青。
その瞳がそんなにも青いのは、空をじっっと見つめているから?
それとも数え切れないほどの哀しみと、永遠とも言われる孤独の所為?
カリオンは名前さえも知らない少女をじっと見つめた。
それこそ彼女が空を見つめているのに負けないくらいに。
もう、こうして何時間過ぎただろう。時間の感覚なんて既にない。月が幾度か巡ったような気もするし、もしかしたら何日も過ぎているのかもしれない。でも、そんな事はどうでも良い。もう既に、時間と言う概念が自分にとって意味を無さない事も理解していたから。
行かねばならないことは知っていたけれど、なぜか動けなかった。このままじゃいけないことも解っている。
けれど、決して声をかけてはならない事も知っていたから、仕方なく黙ってずっと見つめていたけれど。
ねぇ
そう、呼びかけられたなら、どんなに良かっただろう。
名前はなんていうの
聞きたかった。
話しを、してみたかった。
声を、聴いてみたかった。
僕は・・・恋したのだ。
何故か懐かしい気がするこの少女に。
でも、もうすぐ期限が迫っている。
初めてこの事を感じたのは何時だっただろう。
もう、行かなくちゃ行けない。
本当は他にも気付いている事はあった。
彼女は、僕がいることにとっくに気付いているって事。
わざと、気付かない振りをしているんだって・・・。
そして、それが僕の為であるって事も。
空を見上げると、丁度月が昇ってくるのが目に入った。
行かなくちゃ
そう思って僕は立ち上がった。
なんだかずいぶん久し振りな気がする。
もう一度だけ、これで見納め、と彼女を振り返った。
初めて、彼女が僕を見つめていた。
行くんだな、カリオン
彼女は言った。
僕は、思わず肯いた。声を出しちゃいけないと思ったから。
そして、ハタと気が付いた。
どうして僕の名前を知っているんだろう
って、そう考えていたら、彼女の顔が記憶の中の面影と重なった。
どうして、思い出せなかったんだろう。
あんなに大切に思っていたのに。
イルシャード
それが彼女の名前。
男勝りでぶっきらぼうだけど、本当は優しい、僕が無くしていた、大切な記憶。
初めて恋した人。
共に生きることは叶わなかったけれど。
思い出せて、本当に良かった。
気が付けば俺は橋の上にいて、見下ろすと、彼女が昔のままに微笑んでいるのが見えた。
またな
そう言う彼女の声が聞こえたような気がした。
もしかしたら、本当は気の所為だったのかもしれないが、でも彼女が言ったのだからきっとまた会えるのだろう。
その時を心待ちにしながら、俺は月への道程を辿っていった。
風に赤い長髪を棚引かせた美しい人の微笑みを胸に焼き付けて。
今度こそ、忘れてしまわぬように。
少年が傍にいたことには気付いていた。人間で言う時の何十年もの間、彼は傍にいた。
自分の名前以外、全てを忘れてしまったその少年が、幼い日を共に過ごした友であったことも。
時の流れの違いで別れてしまった大切な親友・・・。
初めて恋した人。
生を全うし、数十年ぶりに出会った彼が幼い日の記憶のままの姿をしていたことには驚いたけれど。
私が昔と変わらない姿であるように、きっと、彼にとってもまた、あの頃が一番幸せな時代だったのだろう・・・。
イルシャードは空を仰いだ。
橋の上には道を分かれた頃の、もう少年とは呼べない、カリオンの姿があった。
折角橋に戻れたというのに、まだこっちを見下ろしている。
見えるはずがないと思いながらも彼女は微笑み、聞こえるはずがないと思いながら彼女は囁いた。
微笑みは幻光となって、言葉は風に乗って彼に届いた。
今日もまた月の船が天を往く。
数多の魂を乗せて・・・。
新たなる、命を与える為に・・・・・。