橋守2
身長よりも長く伸びた銀の髪を指に絡ませてもてあそぶ。
銀糸のような髪が絡みつくその肌も雪のように白い。
憂えた瞳は空の青。
あーあ、あたし、何でこんな事やってるんだろう……。
イジェスタは一人零した。
だが、その呟きを聞くものはない。
辺りは見渡す限りの雲の海。
見上げた空には巨大な光の橋。
天空にかかる銀の月へと延びるその橋は不可思議に七色に輝いている。
ここは民草が安寧と暮らす大地から遠くはなれた雲の上。
しかも、遥か眼下に臨めるはどこまでも続くかのような鬱蒼とした森。
とは言っても、それすらもこの高さからはただの緑の大地にしか見えない。
その森の片隅には大きな町が広がっている。
中心に立つのは白亜の神殿。
ここからは、その姿はただの点にしか見えない。
けれど、その美しい姿は今も鮮明に思い出すことが出来た。
月に照らし出されて銀色に輝いていた尖塔。
若い巫女たちと過ごした楽しい時間。
永い時を持て余し、終にたどり着いたのがそこだった。
家族も友も愛しい者も皆死んでいった。
私だけがいつも取り残される。
一人だけ、老いる事もなく、いつもいつも、時が私から全てを奪い去る。
好きで、こんな身体に生まれた訳ではない。
好きで、生きながらえている訳ではない。
やがて、人の目に追われる様にして各地をさまよった。
どこでもあたしは異端だった。
どこかが、何かが違っていた。
いつも、いつもあたしが求めたのは「普通」の生活だった。
でも、天にいるという神様は、あたしの願いをかなえてはくれなかった。
あの神殿はあたしを受け入れてくれた。
だけど、あたしの願いはそこでも叶いはしなかった。
どんなに思い出に浸ろうとも、過去は帰ってこない。
もう、あの世界に私の知っている人は一人もいないのだから。
どこにいるのか分かりもしない神とやらに選ばれて、長き命を与えられた。
分ってはいる。
橋守となる事を選んだのは自分自身なのだ。
迎えてくれた神殿に残り、そこで永い時を過ごすと言う事もできた。
でも、そこでも、けして孤独は癒されなかった。
誰もが皆、私を置いて逝く。
気付けば、自らが神のような扱いを受けていた。
銀の髪もつ乙女。
瞳は空を映した青。
神に愛され、長い命を与えられた、聖別されし者。
もう、居場所はなかった。
“人”としてのあたしの居場所なんて、あの世界にはなかったのだから。
そして、待っていたのは永遠の孤独……。
遥か空の高みで、一人塔に立ち、迷える魂を導く。
けれど、時に思う。
あたしにはこの生き方しかなかったけれど、本当にそうなのかって。
もし、ただの人としてうまれていたなら。
馬鹿らしい考え。
だって、その前提はありえないんだから。
でも、こんなにも孤独だと、こんなに暇を持て余してると、つい、考えてしまう。
死せる魂よ。
貴方達に祝福は送らない。
だって、貴方達はもう、こんな風に思い悩まされる事はないのだから。
だから、安心して全てを忘れて、まっさらな魂となってまたこの地上に帰ってきなさい。
貴方の思いはきっと、残された命たちが受け取ってくれた筈だから。
でも、最後には思い出す。
何故、橋守になったのかを。
あたしは、この世界が好きだった。
皆、あたしを置いて逝ってしまったけれど、彼らが残した思いは、今もあたしの中で息づいている。
永い時をかけてあたしが手に入れたもの。
それは愛しい、と言う気持ち。
この世界を愛する想い。
橋を行く魂は、生きていた頃の想いを一つずつ一つずつ全てを地上に返しながら、月へと向かう。
その思いは光のカケラとなって大地に降り注ぐ。
その想いを、最後の思いの1欠けを、受け止めるのが橋守のもう一つの役目。
あたしはぎゅっと抱きしめる。
喜びも、悲しみも、全ての想いを。
生きとし生ける全ての命に祝福を。
生まれ来る命に幸いあれ。
貴方は世界に愛されているわ。
いつかまた月に還るその日まで、精一杯、その命を生きて。
彼女は魂が渡る月への架け橋を守る者。
ここは大地から遠くはなれた雲の上。
辺りは見渡す限りの雲の海。
見上げた空には巨大な光の橋。
天空にかかる銀の月へと延びるその橋は不可思議に七色に輝いている。
彼女は橋守。
天高き塔に一人立ち、迷える魂を導きし者。
長い銀の髪が風に揺れる。
イジェスタは天を仰いだ。
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